2012年 06月 26日 ( 1 )

広重が見た吉祥寺

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ここに紹介するのは、歌川広重「江戸名所百景」のなかの一枚。「井の頭の池 弁天の杜」
安政三年(1856年)四月。安政の大獄まで二年、桜田門外の変まで四年。
幕末の激動のさなかに描かれたこの作品には、そんな風雲急を告げる時代の足音は聞こえてきません。白鷺が音もなく飛び去っていく池の向こうには、朝日を背景に山々が見えています。
静寂の支配する景色の左下に鎮座しているのが、井の頭弁天です。
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現在、井の頭公園内にその姿を残すこの社は、建久八年(1197年)の建立といいます。
広重の視点は、弁天の屋根を越えてそのかなたへと向けられていて、かなり高いことが分かります。
実際この弁天のある公園を歩いてみると、弁天と対峙するかたちで石段があります。
これを登りきったところから、弁天を見下せる位置に立つと、絵と構図が一致するのが分かります。
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そこには、当時江戸の職人たちが寄贈したらしい石燈篭が立っています。
石段にも「両国」の文字が刻み込まれ、江戸庶民の信仰を集めた「弁天」さまを、下町の人々が尊び、参拝していた往時がしのばれます。1856年、広重は、構図のよいこの石段の上に立ち、描いたのでしょう。たぶん朝日が昇ってくる早朝の、薄もやの中石段をのぼり、あたりが黄金色に染まるのを待ちながら、筆を走らせていたのでしょう。
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広重がスケッチした森林に囲まれた杜も、現在では吉祥寺駅から15分くらいの距離にあります。かって山々が見えたあたりには中央線が走り、吉祥寺の繁華街が広がっています。池も小さくなり、植生も変わっています。
かれが、現在の弁天の景色をみたなら、どんなスケッチを残すのでしょうか。
遠くに望まれるマンションやパルコを、取り入れるのでしょうか。
by seibi-seibi | 2012-06-26 12:40 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)