現在、世田谷美術館で開催中の企画展「ある編集者のユートピア」小野二郎 晶文社 ウィリアム・モリス 高山建築学校を見てきました。晶文社の設立に尽力し、編集者としてだけではなく、ウィリアム・モリスの研究者でもあった小野二郎をめぐる展示です。晶文社というと「植草甚一スクラップブック」「映画術 ヒッチコック/トリュフォー」「ヘミングウェイ キューバの日々」といった書物が、書影とともに思い出されます。晶文社の書物は、そのジャンルの多様さと面白さと共に、なにか人をひきつける魅力を放っています。書影に惹かれて何気なく手にとって見ると、そのおおくが晶文社の書物であるといった体験を何度したか知れません。それは当然個性的なデザインによるところがおおいわけですが、それだけでは説明できない「なにか」を感じさせる書肆。それが晶文社の書物にはあります。今回の展示では、それらの魅力的な書物を編集・出版してきた小野二郎に焦点が当てられています。
展示物の多くは、晶文社の書影で占められており、改めてその夥しい書物を前にしてみると、私の書棚を占有している書籍のなんと多いことか・・・。べつに晶文社を選択して購入した覚えはないのに、なぜか晶文社の書物が多いのです。それはきっと、時代を反映した編集方針が琴線に触れたのかもしれません。そしてまた、そのブックデザインのほとんどが、平野甲賀氏の手になるものだったことも、今回の発見でした。 平野甲賀氏のデザインといえば。平野グロテスクと呼称されるている特徴的なフォントによるものばかりを想像しますが、晶文社のブックデザインを一気に引き受けていたわけですから、それ以外の書物についてもデザインしています。ウィリアム・モリスに傾倒して、その研究に生涯を賭けていた小野二郎氏と平野甲賀氏。この二人の出会いと共働は、やはりその源泉を、ウィリアム・モリスに求められるようにおもえます。 「15世紀の書物について言えば、それらの多くが惜しげもなく飾られている、あの付け足しの装飾がなくても、単にタイポグラフィの力だけで常に美しいものであったことを、わたしは認めてきた。そこで、活字を印刷し配列したものとしてみたとき、一つの喜びになるような書物を作り出すことが私の企ての要諦となった」 という、モリスの言葉を引用しながら、活字の美しさと配列、行間や字間の間取りの問題こそが、モリスの書物デザインの基本だと述べ、そこを出発点として、ケルムコットプレスの書物について述べています。 書物が「読まれる」ためのツールである以上、読みやすさこそがその第一にある。カバーや口絵といった現代のブックデザインが意味する内容とは異なったモリスの考え方、それは一見、装飾への軽視であるようにも感じられますが、「チョーサー著作集」の凝った挿絵や飾り文字を持ち出すまでもなく、モリスはトータルでの書物のデザインを考えていました。中世の著作から蒐集した字体を参考に、モリスは三つの書体(フォント)を考案します。「黄金伝説」で使用したゴールデンタイプ=ローマン体(1890年)、「トロイ物語集成用」用のトロイタイプ=ゴシック体、「チョーサー著作集」用のチョーサータイプ=ゴシック体(1893年)の三種類。この三種類のフォントは、使用する書物のが中世ならゴシック、近代ならローマンというふうに使い分けられました。書物の成立年代に見合ったフォントを考案し、読みやすさと共に格調も表現しようとしたのでしょう。 「サンセリフ」といった、現代もっとも馴染み深いフォントも、そういう合理性の申し子といえます。文字の上下に付け加わるセリフ(ひげ飾り)を取り除いた=サン、セリフなしのフォントは、直線的で読みやすいフォントの代表例です。文字から余計な装飾を排すれば、描きやすさと同時に、各文字の個性が失われていきます。説明書やマニュアルといった、合理的で的確な伝達が求められる媒体の増加が、サンセリフを要請したともいえます。 サンセリフの採用はたしかに、合理的であり読みやすくはなります。明快で迅速に伝える道具としての文字。一種の機能優先主義。ヤン・チショルドが提唱した「ニュー タイポグラフィ」(1928年)に至って、文字の完全な明快さ、経済性とも結びついていきます。しかし、文字の持つ個性や、「個人的なもの」は、どこかに置き忘れられていく。グラフィックデザイナー、杉浦康平氏の言葉を援用しながら、小野二郎氏は、フォントにおける合理性の追求が「文字を成立させていた、人間が書くということを通じて文字の中に浮き立たせようとしていた、人間の身体のリズム」を置き去りにしていくことに憂慮しています。いわば雑音のようなぶれ、合理性の枠組みに収まらない人間らしさ、現代の文字が失った活きている文字としての「活字」、その喪失を嘆いています。けれども、モリスの追い求めた「読み易さ」は単なる合理性だけのためのそれではなく、「何かをきちんと守ることでこの「雑音」の発生を、つまり偶然を必然ならしめる方法であったことがわかるだろう」と看破します。読みやすいと同時に、人間の精神を運ぶ船としての、伝達するフォント。モリスが求めた「理想の書物」は、文字というものがになってきた、精神のうつわとしての機能を具体化したものであったはずです。 翻って晶文社の書物群を眺めてみると、自在にうごめくかのような平野甲賀氏により装丁されたデザインに眼を奪われます。空間を取り込んでいくようなフォント。紙面の白を取り込んでいくその文字には、自由さを感じます。言い換えれば、文字の開放。グロテスクというよりもヒューモアに満ちた文字。それは、かって小野二郎氏が、ウィリアム・モリスから得た、活きた文字としての書物への、一つの回答であったようにも思えます。 参考 小野二郎『世界設計としてのタイポグラフィ」 小野二郎著作集 晶文社 文中「」内引用は、この著作からのものです。
by seibi-seibi
| 2019-05-15 14:07
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