人気ブログランキング | 話題のタグを見る

今月の一冊 パウル・クレー 「造形思考」

今月の一冊 パウル・クレー 「造形思考」_f0234596_1717352.jpg

「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」
「創造についての心情告白」という小論の冒頭において、パウル・クレーはこのように書いています。
 見えるようにすること、とはどういうことなのでしょうか。
 これを言い換えるのなら、ただ、現実をそのままなぞって、再現したとしても、そこに本質的なものは見えず、それを見えるようにするのが、芸術家の役割だ、ということでしょうか。
 今回紹介するのは、パウル・クレーが、バウハウス、ワイマールとデッサウにおいて、マイスターとして生徒たちに教えた記録をあつめた、「造形思考 上 下」です。この著作は長いこと絶版となっていましたが、今年、ちくま学芸文庫に再収録されました。
 この書物の特質すべき点は、一人の画家の絵画に対する考え方が、体系的にまとめめ上げられている点でしょう。ここに集められた文章は、バウハウスでの講義のためにまとめられた、クレーの講義用ノートであり、同時に、クレー自身の思考の軌跡です。じっさいに作品を作り出している、画家自身の手になるこのノートは、ただの理論に終始するのではなく、実践と試行錯誤の末にたどり着いたであろう、抽象についての理論であふれています。その文章の端々から、創造者にしか書き得ない、造形への確信が感じ取れます。
 もともと音楽家であったクレーが、もっとも大切にするキーワードは、「静的と動的」であり、「リズムとポリフォニー」なのは当然なのでしょう。クレーは抽象化にあたって、それが単に数学的、幾何的なものだけに還元されるのではなく、イメージを解き放つ、根源的要素を内在した、自律的な、動き、拡散していく、一種ののパッションを秘めたものとして理解していたようです。
 画家が描いていくとき、それはつねにイメージを生成させ、そのイメージを追いかけ、追い越し、つなぎとめる、そして絵画として定着していく、そういった、イメージの発生と発展の現場に立ち会うことです。イメージはつねに、動き続けます。動かなくなったイメージとは、創造の終焉であり、死です。立ち現れ、広がっていくイメージのなかで、画家は模索し、捜し求めていくのです。その探求の過程において絵画は生まれる。芸術がもつこのような神秘の、もっと根源において作用するのが、イメージの力です。
 抽象的な要素を強く押し出すことにより、パウル・クレーは、いっそうイメージの原野へと、思考を進めていきます。さまざまなイメージが生成し、発生し、変化し続けていく。それは完成した絵画の中でも生成し続け再生産される、ということを、クレーは体系的にまとめ上げていきます。しかし、クレーの文章には、理論だけで終わらない、生き生きとした、イメージへの、ほとんど音楽家のようなまなざしが常にあって、そのことが、この書物の、もっとも魅力的なところかもしれません。
 芸術を志す、イメージを追及していこうとする若い人たちにこそ、一度は手に取っていただきたい、そういう書物です。
by seibi-seibi | 2016-08-11 16:58 | 人と絵と、イメージ


<< 夏期講習後半はじまり 「クエイ兄弟 ファントム ミュ... >>