明暗の差を発見し、描く

セイビの近所で以前撮った椿を白黒写真にしています。
葉は深い緑。花びらは白。当然白黒に置き換えれば、このように強い明暗の差がつきます。
実際、日常生活で通常の見方ではこの「明暗の差」について気に留めないかもしれません。
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日常では、色彩を頼りに生活しています。色彩によって暖かさ、冷たさ、賑やかさ、静けさ、注意喚起など色彩がなければ人の生活は成り立たないと言っても良いでしょう。それほど色には敏感であり、逆に頼りすぎているのかもしれません。
その為に、目の前の世界の「明るさと暗さの差」を見落としがちになります。この「明暗の差」とはなんでしょうか?

光があるから見える。これ当たり前のこと。なぜ見える?ただ明るいから?

でも光を直視するとまぶしいし、真っ白で形すらわからなくなります。明るいからという理由だけではなさそうです。
明るい部分に対して暗い部分も人の目は感知しているから、立体物が「見える」のだと思います。

(もしも人の目が色のみを感知するならば、世界は色のつぎはぎ。立体感や空間を感じることはできるのでしょうか??このことはまたの機会によく考えてみましょう)


サイコロに、向かって右上から光をあてると左側の面は暗がりになります。光がサイコロそのものに遮られて、光の反対側は暗くなります。影も落ちます。いわゆる陰影というやつです。
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生活する上で程よい明るさであると、このように明るい部分とこの陰影を感知して目の前に物が「ある」と気づくわけです。
だから、10m離れた友人の顔も分かるし、自動車が接近して来た!と危険を察知することもできます。
光と影、明と暗によって物と自分との距離やその物自体の大きさを感じることができる。空間を把握することができるのです。


私たちは、日常の見方ではあまり気づかないこの当たり前のことを再発見しながらデッサンしていきます。

再発見する為の見方のうちの一つとして、目を細めて観る。ピントをずらして観る。という方法があります。以前にもレンブラントの回で紹介しています。
目を細めるとぼやけて見えます。細部の情報が排除され、物の明暗の差がはっきりし、立体が段々と浮き上がって見えます。より立体的に。

細かい情報に頼っている目の能力を少し落として世界を見渡すと、親しい友人も人体という立体として見えてきます。
顔の表情や服装などで判断していたその印象が、意外と骨格ががっちりしていることに気づいたりします。

つまり、明暗の差をしっかりつかんで描くことで、物の本来の姿とその存在をよりはっきりと見せることができるのです。

この場合、物を観た時の最初の明るさ暗さの印象を大切にすること。そして常に明部と暗部を比べて観ることが大切です。
また、明暗の差を実際感じるよりも激しく表現し描くことによって,コントラストのはっきりとした明快な絵にもなります。

人は、知らずと明るさ暗さを瞬時に比べてその差を感知し、物を見ています。
描く側は、その瞬時に見ることを時間をかけて丹念に観察し、本来の姿をあばきながら描いていきます。
by seibi-seibi | 2012-05-18 00:57 | デッサン | Comments(0)


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