佐藤忠良展にいく

 
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 いま、世田谷美術館で開催している「佐藤忠良展」に足を運びました。佐藤忠良は、現代の彫刻家の中で恐らくは最高齢の作家の一人です。今年99歳になるという彼は、戦前、川端画学校で学び、東京美術学校に入学しています。当時、東京美術学校彫塑科教官は朝倉文夫・北村西望であり、舟越保武(彫刻家 舟越桂氏の父親)が同期だったといいますから、恵まれた環境でスタートを切ったといえましょう。宮城生まれの佐藤と岩手生まれの舟越。奇しくも同じ東北出身の二人は、戦後日本彫刻界の中心的な人物となります。
 佐藤忠良の彫刻はそのほとんどが人物像です。人物彫刻はオーソドクスなモチーフだといえましょう。かれが人体を彫ることから離れず、首尾一貫して飽くことなく彫り続け、製作してきたのはなぜなのか。そんな初歩的な疑問に答えてくれる展示になっています。
 佐藤忠良の作品を公立美術館でまとめて展示するのは、今回が初となるそうで、じっさい、これだけの作品が一堂に会したのを観るのは、わたしも初めてでした。なかには美術の教科書に載っている有名な作品もあります。人物像はシリーズごと、あるいは製作順に展示されていますが、後ろにも回りこめるように置かれているので、作品の全体をぐるりと、一回りして見ることができます。彫刻作品は360度どこから観ても完成されているものなので、背後から見たり、斜め後方から見たりすることができるのはうれしい限りです。作品を見ながらゆっくりとからだを動かして、視点を移動していくと、その像のさまざまなフォルムが立ち現れては消えていきます。「彫刻は視点を固定させない」この当たり前のことに気づかされる、そしてまた、見る位置を移動させるにつれて、はっとするような美しい形や線が次々と発見される、そんな発見の瞬間に、佐藤忠良の彫刻の完成度の高さに気づかされるのです。
 「人を彫る」。そこには、人間のフォルムや動きの面白さを見いだすといった、実際的な面白さがあるでしょう。それも彼の製作を支えてきた重要な動機のひとつでしょう、しかしそれは人の表面に現れた美しさであり、その向こうにある、人の内面からあふれ出てくるものに到達使用とする希求、それがこれほど長く人物像にこだわってきた動機なのではないかと思います。かれの作品は、おごることなく素直に、そこに存在して今生きている「人」に接近していった結果のように見えます。モチーフに投影した作品作りではなくて、モチーフからくみ出していこうとする姿勢、それがどの人物像にも感じられるように思います。「あえて人間の生命を代弁する人体像に注目するというのは、人間のさまざまな活動の総和と、その反映としての世界の解釈にいたるからで、人間を離れて一人歩きする科学とはちがって、現実の世界の反映として、すべてが人間に還ってくる」(図録から引用)酒井忠康館長のこのことばどおり、人を離れず、人から学び続けている作家の姿勢が、どの像からも伝わったくるのです。それは時流に流されず、まっさらな透明な瞳で、真摯に世界と向き合っていくことの大切さを教えてくれます。
by seibi-seibi | 2011-01-25 13:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)


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