サンタクロースというイメージ

 今日はサンタクロースをめぐって。
 サンタクロースほど知られているキャラクターは少ないのではないでしょうか。(とはいえこれは、キリスト教圏の話。イスラム世界もあることを忘れてはなりません。)サンタといえば聖ニコラウス。モデルとなった聖人です。『貧しく身売りするしかなかった家に、ニコラウスはお金を施すのですが、煙突から投げ入れられたお金が、暖炉に乾してあった靴下のなかに入ってしまい、それを見つけた家のものたちは、身売りを逃れた。』だいたいのこんな感じの話が伝わっているわけです。
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この聖ニコラウスをモデルとしたサンタクロースが今の姿で表現されるようになったのは、19世紀であるらしい。いわゆるコカコーラ社の広告によって今の姿となったという俗説も、今では信憑性がないらしい。サンタクロースのイメージをたどっていくと、たった数百年まえで、すでにその由来が分からなくなるのです。少なくともサンタの用紙や服装が確立するのは、19世紀のアメリカであったようです。とするなら、キリスト教のなかでのサンタクロースのイメージは、思いのほか新しい存在なのでしょう。服装やそりの形も、よくよく見れば、そんなに古くはないと思うのです。もっと古くから同様の容姿で伝わっているならば、何か古めかしいイメージが残されていてもおかしくはないのです。しかし「丸々とした体躯のヒゲの老人」の持つイメージは、やさしさや父性愛をふんだんに盛り込まれるような雰囲気があります。
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 サンタクロースとクリスマスは、さまざまな映画にも取り入れられています。アメリカ映画で考えると『素晴らしき哉(かな)人生』(1946年 RKO)でしょうか。フランク・キャプラ監督の名作であり、映画学科では教科書代わりに観るというこの映画は、アメリカのクリスマスになじみの作品です。この映画のラスト、絶望の淵で自殺を考え、二級天使に見せられた「自分のいなかった場合の世界」によって、生きる意味を知った主人公(ジェームス・スチュアート)が、雪降る街中を「メリークリスマス!」と叫びながら走っていくシーン。これはクリスマスの奇跡の典型例なのです。『クリスマスキャロル』から『ダイハード』まで、クリスマスを題材にした映画にはひとつのパターンがあるようです。それは甦る・生まれ変わる、ということ。絶望・失望から、なんらかの事件を経て、新たな自分に生まれ変わる、そういうパターン。これは、クリスマスが本来もっている「豊饒と再生」のイメージと見事に符合し、つながっているのです。映画という、現代の娯楽のなかにも、連綿として息づいている、クリスマスの精神。私たちは知らず知らずに、クリスマスの精神を伝承しているのです。
 あす12/24になると、NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令 ノーラッド)によるサンタクロースの追跡も開始されます。(google mapがインストールされていればサンタの現在位置が分かります)NORADは核ミサイルの監視だけしているのではないのです。現代の先端システムのなかに息づいている、「サンタクロース」。どんなに文明が進もうとも、古くからの伝承はかたちを変えながら残って行くのでしょう。
by seibi-seibi | 2010-12-23 11:47 | Comments(0)


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