キリストのヒゲ

冬期講習も二週目に入りました。
今週は、今年最後の追い込み週間です。
朝から描くことにも慣れてきて、次第に作品のクオリティも上がってきているようです。みんな不得手なものを何とかしようと、「もう少し描かせてください」という声が聞かれるようになりました。その向上心はほほえましいのですが、バランスよく学科に集中することも忘れないでください。学科ができなくては万事休すですからね。

さて、今週末はクリスマス。というわけで、今週はクリスマスについてのお話をしてみましょう。
とはいっても、絵画についての話です。
まず質問です。キリストというと、どのような顔を思い浮かべますか。
おそらくは、
髪が長くて、ヒゲをたくわえた、やせた人物。
髪はブロンドで白人の顔かたちをしている。
 少なくともヨーロッパで良く見かけるキリスト像のほとんどは、そのようなものだろうと思います。
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           イスタンブール アヤソフィア聖堂のイコン

 しかし、新約聖書(四福音書)には、イエス・キリストの顔について描写した文章はありません。キリストが「人の子として」お生まれになった、との記述はあるのですが、イエスの顔がどのようであったかは記されていないのです。ではどうして、絵画作品のキリスト像にはヒゲのある長髪の人物ばかりなのでしょうか。それを知るためには、キリスト教美術の始原にさかのぼらなければなりません。キリスト教が始まったとき、イエス・キリストは現在のような肖像画のかたちでは描かれず、イエス・キリストを示す象徴として、魚が用いられていました。一般にイクトゥスと呼ばれているこの魚の記号は、西暦313年、時のローマ皇帝、コンスタンティヌス1世がキリスト教を国教とすることを公にしたミラノ勅令が発布されるまで、キリスト者であることを示す文様となっていました。
 キリスト教がローマ帝国の国教として認められ、迫害を受けることなく信仰できるようになって以降、民衆があがめるべき、主 イエス・キリストがどのような顔であったのか描く必要が生じたのだろうと思われます。本来、キリスト教は抽象的・形而上的な信仰であるので、具体的な「救い主の顔」など必要なかったのかもしれません。しかし、民衆を納得させ改宗させるのには、やはり、主のお顔が必要となったのでしょう。
 それはまた、イエスの姿と奇跡の物語を語るための格好の材料ともなったはずです。人の姿になって現れた主の姿は、威厳と威光に満ちていなくてはなりません。そこでヒゲをたくわえ、豊かな髪を持ち、慈悲と慧眼に満ちた視線を投げかける像が登場したのではないかと思います。初期のキリスト像、いわゆるビザンティンイコンのキリスト像はすでに、ヒゲをたくわえた顔をしています。ただ、この最初期のかたちは、はっきりとは分かりません。というのも8-9世紀に行われた、聖像破壊運動、イコノクラスムによって、初期のビザティンイコンは廃棄され失われてしまっているからです。ただ、現在もイスタンブール(旧コンスタンチノポリス)に残るイコン像には、ヒゲがあります。この背景には、当時のシナイ半島の成人男性がヒゲをたくわえていたからなのかもしれません。
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           ピエロ デ ラ フランチェスカ キリストの洗礼(部分)

 ビザンティン美術において定着した、イエス・キリスト像は、ヨーロッパ美術に引き継がれます。長い中世美術の時代をへて、ルネサンスに入る頃には、キリストの髪はブロンドとなり、顔も白人のそれに変わっていきます。アラブ系の人々が多かったエルサレムは、黒髪の人が多かったと思われますが、ヨーロッパ人にとってなじみやすい相貌になって行ったのは、ヨーロッパ絵画のなかででしょう。
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           ラファエロ キリストの変容

 現在でもキリストのイメージは同様のものとして定着しています。それは2000年近くの歳月にわたって、さまざまな画家たちによって少しづつ形作られていったといえます。そこには崇高なもの、絶対的なものについての、画家のイメージが投影されているといえます。有史以来、信仰の対象を造形化していくのは、芸術の大きな目的のひとつでありました。画家は技量のすべてを傾けて、キリストを描いてきたのだろうと思います。そしてそのイメージには、民衆が持っていたイメージも同時に反映されていたのだろうと思います。
by seibi-seibi | 2010-12-20 14:30 | Comments(0)


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