モロッコからニースへ アンリ・マティスの旅

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f0234596_16475525.jpg今日は8月31日。東京では夏休みが終わる日になります。
今年は陽射しが強く、物の形と色彩がくっきりと浮き立つように感じられた夏でした。光があって色彩と形態ははじめて姿を現す、そんな当たり前のことを気づかされます。また、影が濃く、強い。夏の翳の存在感。街路樹の下やビルの谷間を歩いていると、道におちているブラックコーヒーのような翳に圧倒されます。
さて、夏休み最後に、夏らしい旅の三回目として、「色彩の画家」アンリ・マティスについて書いてみましょう。
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アンリ・マティス(1869-1954)この敬愛すべき画家について、すでに紹介の余地はないでしょう。「野獣派」(フォーヴ)の代表的画家として知られる彼ですが、実際に野獣派として活動したのは数年のことで、本人は「野獣派」というレッテルを嫌っていたようです。フォーヴについて、『フォーヴの画家たちは決してフォーヴを受け入れなかった』p133。『あれこれの画家を区別し、性格づけている特徴に、相対的重要性以上のもの与えてはならない』p155。と述べているのをみても、ラベリングが持つ危険をわかっていたのでしょう。
マティスが野獣派(フォーヴ)から脱却する契機になったのは、モロッコ旅行だと言います。モロッコ旅行以降、彼はそれまでの色彩とマチェールが横溢する描法から、色彩のコントラストの探求へとしだいに移行していきます。黒とほかの色彩のコントラスト。旅行後仕上げられた「モロッコ人たち」1916年には、画面の多くを支配する、無彩色の世界が広がり、その強いコントラストの中に構成された色彩が、危うく感じるほどの均衡を成し遂げています。それはやはり、光の強い、モロッコの光線、滲みこむような強烈な光の下で現れる、果てしなく黒い翳りと、それを取り巻く人と自然に出逢ったマティスの、感覚的な開花であったのではないかと、思えるのです。
こののち南仏ニースに引越し、末の住処としたマティス。彼はプロヴァンスの強い光のもとで、晩年まで色彩のリズムを描き続けたのです。色彩のコントラスト、画面の構図と配置。マティスの探求は色彩に傾倒していきます。それは、ニースの陽に灼かれながらの製作のなかから誕生しえたものであったのかもしれません。『音楽のハーモニーのなかで、各音が全体の部分をなしているのと同じ仕方で、私はそれぞれの色が全体に付与する価値をもつことを望んだ。一枚の絵は制御されたリズムの配置である』p150-151。絵画と色彩について、リズムで説明するマティスのこのような言葉は、数多く残されています。モティーフをただ写す写実に飽き足らず、モティーフから色彩と、それをめぐるリズムを、線描からは運動性(ムーヴマン)を見いだす。のちの「ジャズ」の製作にも通じる、リズムとムーヴマンの発見こそ、マティスの絵画を不動のものとしたのです。
文中『』内引用は『マティス 画家のノート』1978による
by seibi-seibi | 2010-08-31 11:09 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)


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