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ゴーギャンのタヒチへの旅

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ゴーギャンのタヒチへの旅_f0234596_865558.jpg旅にもいろいろありますね。ポール・ゴーギャンの旅は、いわゆる旅行ではなくて、さすらいの旅です。彷徨と逃避の果ての片道切符の旅。証券取引所の敏腕トレーダーだったゴーギャンは、ピサロの師事していましたが、あるとき妻子と家庭を捨て、画家になることを決心します。このときゴーギャン35歳。社会的な地位も名誉も投げ打って画家になったものの、フランス社会のなかで次第に孤立し、あのゴッホとの共同生活ののち、ふと見たタヒチの旅行案内に触発され、フランス領タヒチ諸島へと旅立ちます。
タヒチには、まだ未開な暮らしを営む素朴な人々が暮らしています。その中にあって、ゴーギャンは「文明」侵食されていない「野蛮」の世界を見いだします。今の用語で言えば「野生の発見」とでもいいましょうか。しかしここもすでにヨーロッパ化していることに気づき、島の奥へ奥へと逃れるように分け入っていくのです。そして時の止まったような密林の奥で、プリミティフなもの、侵されていないものと溶け合い、ただひたすら制作に没頭します。ひとりの「野蛮人」の誕生です。その末に描いた作品が、ここに上げる、「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?でした。
この大作製作後、砒素を呑み自殺を図ったゴーギャン。しかし、自殺は未遂に終わります。絵の中に描かれた群像。生と死。自然と人間。宗教と宇宙観が、渾然一体となり、描かれているようです。人は産みだされ、死ぬ。その人を見守る神々や自然も、本来人と一体なのだ。やってきて去っていく刹那な存在としての自分を捉えた、晩年の傑作となったのです。ゴーギャンの場合、タヒチへの旅は、自分の属している「文明」と決別するための旅でした。もっとも原始的で無垢な精神に戻っていくことで、次第に人本来の自由さ、豊かさを再発見しようとしたのです。それが創作活動の源泉となり、汲めど尽きぬイメージの源泉となったのでしょう。
by seibi-seibi | 2010-07-30 21:03 | 人と絵と、イメージ


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