皆さんは、
武満徹(1930-1996)という音楽家をご存知でしょうか。日本を代表する作曲家。その活動は現代音楽から批評、映画音楽など幅広く、そのどの分野においても卓越した作品を生み出した、まさに天才と呼ばれるのにふさわしい才能の持ち主です。彼の作曲した「ピアニストのための光冠(コロナ)」(1962年初演)は、当時31歳だった武満徹と、グラフィックデザイナー杉浦康平により生み出されました。楽譜は従来のそれからは想像できないような、グラフィックスコアと呼ばれるものでした。青・赤・黄・灰・白の5色の正方形の中にある二重円。それに沿って描かれた幾何図形。この五枚を組み合わせて楽譜にするのです。組み合わせ方は自在に変えられるしくみになっていて、演奏前に組み合わせ、それを読み取って演奏していくのです。
5色にはそれぞれ、青・振動の研究、黄・アーティキュレーションの研究、赤・抑揚の研究、灰・表現の研究、白・会話の研究といった指示が与えられています。ここでは色彩も楽譜の役割を担っているのです!色彩を音と関連付け、あたかも色が音を奏でる契機になっている。杉浦康平と武満徹のしかけたこの楽譜は、グラフィックと音楽が交差する幸福な瞬間を作りだしたのです。
ここには、従来の厳密に規定された音楽にはない、もっと多様で重層的な解釈を可能にした音楽が立ち現れるのです。音楽は束縛から解き放たれ、音そのものも持つイメージに限りなく近づいていきます。色彩の持つ根源的なイメージが、現代音楽の作曲の場において復権し、またその神秘的な力を発揮したともいえましょう。
杉浦康平はこれ以外でも、弦楽器の為のコロナⅡにおいて、デカルコマニーを同心円の中に配置したスコアも制作しています。偶然性に音楽をゆだね、音楽自体が自らの力で、自己再生していくような楽譜。ビジュアル的に見てもなんと美しいイマジネーションに満ち溢れていることでしょう。音楽と色彩が出会い、それがひとつの音楽に昇華していく、星のかなたに向けて飛び去り、消えていくような、至福のときがそこにはあるのです。