三宅一生展におもう

『複雑にするのは簡単だが、シンプルにまとめるのはむつかしい。
複雑にするには、色とか、形とか、動きとか、飾りとか、人とか、ものにあふれた環境、お好みのものを、どんどん加えていけばいい。
複雑にするのは、誰にでもできる。でも、シンプルにまとめることができる人は、ごくわずかしかいない』ブルーノ・ムナーリ
f0234596_19472983.jpg

MIYAKE ISSEI展に行って、まず浮かんだのはこの言葉でした。
「着飾ること」を目的とした分野であるファッション。それは宿命的に装飾的要素を持っています。「着飾る」という行為のなかには、多分に過剰な装飾への欲求が見え隠れします。美しくみせたい、綺麗でありたいとねがう人々にとって、その誘惑と無縁な人はいないのです。けれども、「衣服」は本来、身にまとい、からだを保護し、暖かさを保つ必需品として発達してきました。身分や階級を示すしるしとして、あるいはファッションとしての衣服の機能は、その上に立って成立してきたのではないでしょうか。
 60年代から活躍した、かれの作品ははじめ、オートクチュール( haute couture)からはじまり、プレタポルテ(prêt-à-porter)へと向かいます。70年代へとつづく、「解放」の時代、刺し子などの日本の伝統的な服飾技法を取り入れながら、自由に、軽やかに、時代をつくっていきます。「身体」との関係において成り立つ「衣服」の追求が、その当然の帰結として「ボディ」シリーズに行き着いたのでしょう。
f0234596_1950444.jpg

 80・90年代以降、新たな技法を取り入れ、それが「プリーツ」のシリーズとなったとき、かれの視線は、ひだを作って布をまとう、という、根源的な衣服のあり方と出会うわけです。元来洋服は、からだの形に合わせて裁断した布を、縫い合わせて仕上げていく、いわば、「からだの三次元的再現」に重点を置かれています。しかし、ギリシア・ローマの彫刻を見れば分かるとおり、古代では布を切らず、まとって、留めていたのでした。プリーツという、ひだを形成した布によって仕上げられた、まとわれる服はまた、裁断や縫製を極力減らした製品になっています。折りたためば小さくまとまり、身に着ければ、自在な曲線を持った、衣服になる。
 衣服のミニマリズムとでもいいましょうか。かれが目指すファッションには、シンプルであるゆえの豊かさが感じられるのです。一枚の薄い布。幾何学的に折りたたまれたそれが、ひとたび広げられて、人の身に寄り添えば、三次元的に展開し、しっかりとしたフォルムを持つ。複雑さを排し、いたってシンプルに作られた一枚の布が、同時に立体として、力強く主張するのをみると、そこにシンプルさに秘められた、高度な思想が読み取れるとおもうのです。
# by seibi-seibi | 2016-05-17 19:48 | デザインするって? | Comments(0)

講評

受験コースでは、各課題が終わり次第、講評をおこないます。
作品を並べて、比較しながら、いいところ、悪いところを考えていきます。
人の作品と並べられ「比べられる」ことに若干の抵抗感を持つ人もいます。
しかし、恥ずかしくおもったり、ましてや不安になる必要はありません。
上手い下手、判断するのが講評の目的ではありません。
人の描き方や見方を参考にしたり、比較することで分かること、を見つける、発見する。
講評とはそういう場です。
人のを見て、凹んだりしている人がいるとしたら、それは大きな勘違いです。
また、講評時には、メモを取るように心がけましょう。
f0234596_1946929.jpg

# by seibi-seibi | 2016-04-26 19:46 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

デッサンから色彩へ

先週はデッサンをしていましたが、今週からは色彩を用いてゆきます。
まずはデッサンして、その後に色を使う。
なぜなのか?
デッサンは、色彩がない、モノトーンの世界です。
色彩をなくした描法ともいえます。
そうすることで、明暗のみを優先して描いていくのです。
色彩に惑わされることなく、明るいか、暗いかだけをたよりにえがいていくと、
モチーフの立体感、形態感に接近できるのです。
立体が、どのような明暗によってみえているのか、デッサンは教えてくれます。
これを把握するために、まずはデッサンを行うわけです。
とうぜん、カタチの正確さなども、デッサンでは明快に分かります。
明暗とカタチを理解してから、それをもう一度色彩で置き換えてみると、
色の明暗、つまり明度の理解につながるわけです。、
デッサンしてから色に進むのには、わけがあるのです。
f0234596_18511053.jpg

# by seibi-seibi | 2016-04-19 18:51 | デッサン | Comments(0)

はじめの一歩

一学期一週間目。まだ慣れない手つきで鉛筆を削っている現役生がおおくいます。
鉛筆削るなんて、あとまわしでもいいや、なんて怠惰な気持ちに傾きやすいのですが、
もっとも大切なことの一つです。
たいしたことではないようですが、デッサンでは、精度をわける、とても重要な段取りの一つです。
これができたら、あとは、観察して、素直に描いていくだけです。
「どんなふうに」といった邪念はわきに措いて、とにかく良く見て描く、これだけです。
# by seibi-seibi | 2016-04-12 18:18 | Comments(0)

2016年度一学期開始しました

2016年度一学期を、本日4月11日より開始します。
セイビは、現役生ばかりですので、今週から始まった夜間受験コースの生徒たちには、5-8時まで、毎日、実技を学ぶ生活に、慣れてもらうのが先決かなとおもいます。
一年間、学科も含めれば毎日通い続けるわけですから、生活のリズムをセイビに合わせる必要があります。数ヶ月すれば、疲れることもなく、通えるようになるはずです。
さて、5月までは、すべての科に共通して、基本からはじめます。基本の課題は、簡単そうですが、実はもっとも大切な礎となります。みんなここをきちんと、しっかりと理解してほしいと思います。
f0234596_17572718.jpg

# by seibi-seibi | 2016-04-11 17:57 | Comments(0)

4/11より2016年度新学期開始します

新学期まで、あと二日となりました。
桜吹雪の菜か、新入生が足早に歩いていきます。
4月は、はじまりの季節。
来週からは、ゆっくりと、しかし、着実に基礎固めからはじめましょう。
# by seibi-seibi | 2016-04-09 15:50 | Comments(0)

2016年度春期講習終了しました

本日、春期講習は終了しました。
新学期は4/11から開始します。
4/4-4/9は事務受付、相談のみ行います。
時間は12-6時くらいまで。
来所なさるばあいは、事前に電話していただくとありがたいです。

春期講習は、これから行う一年間が、
どんなかんじになるのか、体験する期間です。
内容は、ベースになるものばかりです。
一年間のはじまりとして、慣れてもらうのも目的です。
いまは、できなくても、新学期からひとつひとつ、丁寧に積み上げていくので
安心してください。
何事にも近道はありません。
一歩一歩、みずからの力で、積み上げていくしかないのです。
新学期から、また、がんばりましょう。
# by seibi-seibi | 2016-04-02 18:41 | Comments(0)

春期講習中です

春期講習もあと三日です。
f0234596_16521793.jpg

きょうからは、専攻別カリキュラムに取り組んでいます。
おもに、デザイン科と油絵科でわかれていますが、映像系や、推薦入試用のカリキュラムも同時に行っています。8日間しかない春期講習なので、初歩的な演習となります。
志望に沿った内容で実際に作ってみる、描いてみる過程で、各自が面白い、やってみたいとかんじるかが、重要です。もし、なにか違うなと感じる場合は、専攻について、少し検討してみる必要もあるのでしょう。
# by seibi-seibi | 2016-03-31 16:52 | Comments(0)

2016年度 全体説明会開催

3月26日 本日5時より、2016年度の全体説明会を行います。

セイビ受験コースの年間の流れ、各大学の説明など、受験にかかわることを
わかりやすく、また美大受験の「本当のこと」を説明したいと思います。

とはいえ、いつも飾りなしの説明しかしていませんが・・・。

お聞きになりたい方はお立ち寄りください。
# by seibi-seibi | 2016-03-26 09:44 | Comments(0)

2016春期講習 1日目

f0234596_15323264.jpg

本日、春期講習一日目は、終業式とも重なってしまった生徒も多く、まだ来られないひともいて、明日からが本番になりそうです。
クロッキーのあとで、明日の粘土の用意をはじめたところです。
使用する粘土は、信楽土。焼成用粘土です。
とはいえ、焼くことはかんがえていません。
偶然、信楽土の在庫が、大量に見つかったのでつかっています。

今回は立体を把握するのが目的ですので、作り込みよりは量感、比率等を重視して製作します。
ひとというものは不思議な生き物で、見慣れているものほど、先入観が増えていき、現実とは異なって理解している場合が多いのです。
今回のモチーフは「手」。
みんな、先入観にとらわれずに、しぜんな、ありのままの、手を作るよう、まっさらな気持ちでつくってほしいものです

# by seibi-seibi | 2016-03-25 15:40 | Comments(0)

明日から春期講習です

2016年度春期講習、明日よりはじまります。
初日は、クロッキーを中心とした内容ですので、
鉛筆デッサン用具一式の用意をしてください
用意できなくても、こひこにある画材で何とかなりますので
とりあえず遅れないように来てください
明日は8時30分には開所します
# by seibi-seibi | 2016-03-24 14:40 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

浦沢直樹展で

最近は、「アニメ・ゲーム・マンガ」この三つのメディアが、巷間を席巻し、隆盛を極めています。
そのどれもが、決して、現代に特有な現象ではないことは、浮世絵や双六などのボードケームを想起してみれば一目瞭然でしょう。ゲームもマンガも、人の歴史のなかで、つねに存在してきたのです。そんな普遍的なメディアにおいて、とくにマンガを牽引している、「浦沢直樹展 描いて、描いて、描きまくる」が世田谷文学館にて開催中です。
f0234596_122787.jpg

『パイナップルARMY』『YAWARA!』『MASTERキートン』『Happy!』『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』『BILLY BAT』
スポーツマンガから、政治背景を題材にしたもの、あるいは、SF的であったりする、浦沢作品は、作品全体の完成度の高さから言っても、現代を代表するマンガであるといえましょう。この展示では、原画とネーム、アイデアノートなど、作家の全体像が垣間見えます。
とくに興味深いのはネームや幼少期の雑記帳の類でした。
とにかく小さいときから、描くのが好きで、何か見たら描いてしまわずにいられない、そういう浦沢少年の横顔が見えてくるようです。戦車や車など、少年が興味を持つモチーフを、ただ一生懸命描き移したスケッチ。鉛筆だけを手に、まわりの世界を描き続けていく、好奇心と探究心。これこそが、描くことのもっとも根底にある衝動となるのだと、展示品は教えてくれます。
マンガ家として、完成した原画の、繊細な絵もまた、人を捕らえて話さない魅力がありますが、その背景には、とにかく見たものは書き留めてしまう、ゆたかな貪欲さが隠されているのでしょう。
「マンガ家は、大変で、べつにオイシイ仕事じゃありませんよ」と、某マンガ家さんに言われたことがありますが、描き続けることは、思いついたことを形にする、とても面倒で地道な作業の積み重ねなのでしょう。
これからマンガ家になりたいと考えている人にも、絵が好きなひとにも、ぜひ見てもらいたい展示なのでした。
# by seibi-seibi | 2016-03-19 12:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

扉の向こうに

今週は春の足音も聞こえてきそうな暖かさにめぐまれて、草花も芽吹きはじめているようです。
春はまた、美術展の季節でもあります。
というわけで、少し美術展の紹介などを。

フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展
f0234596_142068.jpg

レンブラント、フェルメールに代表される、17世紀オランダ絵画の展示です。
肖像画や風景画、そして「日々の生活を切り取ったような」作品。
17世紀といえば、オランダがその支配をアジアにまで伸ばし、VOC オランダ東インド会社を通じて世界の富を集めていた時代です。富が豊かになれば、美術や建築が隆盛してくるのは、世の東西を問わず、当時のオランダでも、裕福な人々が依頼して、風景画などを描かせたというわけです。
その中でもフェルメールに代表される、室内を描いた作品の多くが、今回の展示の目玉でしょうか。
その「室内画」のおおくは、なにかしている人物、そして光の差し込む室内という、かなり定型化された表現がおおいようです。このような絵画じたい、当時の流行であったのでしょう。描かれたのは依頼主かその家族だったのかもしれません。
今回展示されている「室内画」を良く見ていると、類似した表現にであいます。
それは、人物の背景にある、開け放たれた扉です。扉の向こうに見えるのは、隣部屋です。その部屋にはだれもおらず、ただ壁面やら調度品が描かれています。その部屋の扉もまた、多くの作品では開いていて、一つ奥の部屋がみえるのです。
おそらく開き放たれた扉は、絵に奥行きを持たせ、同時に構図に変化を与えるために、画家がかんがえた企みなのだろう、と考えられます。開いた扉のむこうの、一つ奥の空間が見えることで、絵画に奥行きをあたえられ、ともすれば閉塞的になりやすい室内を、開放しているのだとかんがえられます。
しかし、扉の向こうには、誰の気配もないのです。人も人影も描かれていない。それは、リアリズムからすれば甚だ奇妙な静的な空間。それが背景に広がっています。本来あるだろう日常の騒がしい営みや、生活の実際は、どの「室内画」からもかんじられず、むしろ排除されているかのようです。椅子に腰掛け、あるいは書き物をしている人物からも、喧騒よりも落ち着いた、音のない世界を感じさせるのです。
そうかんがえてみると、このような絵画が、必ずしも生活を描写しようとしたのではなく、人物を一つの静物のように捕らえ、再構成した、きわめて作為的な絵画のように見えてくるのです。
扉の向こう、陽が差し込んだ室内も、その静物としての人物を、引き立たせ、時間さえ拭い去ってしまったような、不思議な静けさをつくりだす、空間的、構成的な手立てのようにも感じられるのです。
それはほかの風景画にもいえることで、そこにはリアルな音がないのです。
「無音の静けさ」は、当時のオランダのなにかを反映したものなのか。
さまざまな感慨を抱かせる展示です。
# by seibi-seibi | 2016-03-17 15:01 | 人と絵と、イメージ | Comments(1)

合格は、できる。けれど・・・、

春期講習前なので、日ごろの考えを書いておきます。

セイビは基本、美大受験予備校です。
ですから、「で、美大に合格できるんですか」という質問を受けます。
それは当然でしょう。
結論から言えば、「合格はできます。それもかなりの確率で」。

少子化で倍率も下がり、「難易度」も一昔前とは雲泥の差。
文系の中でも「特殊」だった美大も、いまはそれほど「個性的」な存在ではない。

というわけで、
きちんと出席して、あきらめず、学科もがんばれば、合格はできるはずです。
期間は一年半。ないし一年。今年は3ヶ月という生徒もいました。

しかし、問題は、そのあとです。入学後。

美大は、実技の学校です。
授業の多くは、アトリエやPCルーム、あるいは屋外で行います。
課題が出され、ひとりひとり考えて、製作して、仕上げてゆくわけです。
多くの場合、自分で考えたアイデアを形にするので、
講師は助言とか、用具の使用法は説明しますが、あとは野放しです。
「なにをしたいか、どんなアイデアがあるのか」は教えてくれません。
あとは自分と向き合って、「作り出す」わけです。

予備校で教わったテクとか受験ノウハウでは、乗り越えられません。到底。
それより、じぶんがどんな興味があって、
どんなことだけなら、人に負けないか、
どんなに好きなのか、
が問われます。

入学後、座学で4年を過ごす「文系」とはおおきくちがうのです。
(といって「文系」が悪いとも、おもいません。そこにもメリットはたくさんあります。)
受験生活をすごしながらも、やりたいことを探し、つねに磨き続けておくことが大切だとおもいます。
# by seibi-seibi | 2016-03-15 13:28 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

春期講習に向けて

春期講習まで2週間を切りました。
春期講習は、初心者を含めて、最初の一歩を踏み出す講習になります。
新高3生がもっともおおくなるのでしょうが、春期の8日間で、各進路の基本となることがらを、体験できるようにかんがえています。デッサンと色彩の実技を行うのは当然なのですが、セイビでは、粘土にも2日間を当てています。
「私の進路には粘土なんか関係ないのだけれど」という人もいると思います。
セイビでは、進路に関係なく、たとえ油絵科でも、一度は立体製作を体験してほしい、とおもっています。というのは、360度あらゆる方向から対象を観察ながら、立体を作るなかで、形態の理解力がつくと考えているからです。つまり、粘土でデッサンを行おうという試みなのです。
ほんとうは、日ごろから立体も作ってみて、もののカタチを全体として理解・把握していければ、そのほうがなお結構なのですが、受験生は、その時間を割けないのが実情です。そこで、せめて春だけでも、粘土に触れて、立体というものをまるごと観察してもらいたいとおもいます。立体を全体として、見えないうしろの状態まで把握していれば、デッサン力も向上します。遠回りのようですが、これはあとで役立つときがくるものです。
# by seibi-seibi | 2016-03-14 14:48 | 芸大 美大受験 | Comments(0)