一般コース 作品展示はじまりました-1

恒例となりました、昼間部の一般コースの作品展示が始まりました。
会期は10/10-15までとなります
時間は12時~7時 途中5時前に終了する日もあります。

今回は皆さんの力作を紹介しましょう。
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最近、版画を始められた方の作品です。
描画材は鉛筆です。
慎重に、点を打つことのみで、描いていった作品です。
一箇所でも失敗してしまうと、取り返しがつかないことになります。
もともと繊細な作業がお好きな方ですので、集中して仕上げられたのだろうと思います。
細かな陰影やを柔らかなトーンで追求されており、緻密さとあいまって、完成度の高い作品になりました。
ひとつのことを、丁寧に追求していく中でたどり着いた作品だと思います。

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この作品は、軽井沢の冬景色で、何ヶ月もかけてじっくりと描かれた作品です。
手前に流れる雪解け水が流れ込む小川の、透明感もよく表現されて、
図的にもまとまりのある作品に仕上がりました。
製作期間数ヶ月の力作です。

ほかの展示作品も随時アップしてまいりますので、是非ご高覧くださいませ。
# by seibi-seibi | 2016-10-10 13:46 | 一般絵画コース | Comments(0)

学科について

10月になりました。
今日は学科について。
これは何度も書いてきたことですが、美大受験のかなめは、学科です。
実技に目を奪われすぎて、学科をおろそかにすれば、大変な損をします。

セイビの学科は、二コース。初級と上級にわかれてます。
毎年ではないですが、今年はコースを二つも設けています。
初級は中学の英語をおさらいしながら、高校の文法を学ぶコース。
上級は、高校の標準的な内容を基礎から学ぶコースです。

二つに分けたのは、落ちこぼれなく合格するためです。
英語が理解できる人に合わせれば、分からない人が置いていかれ、
基礎だけを教えていては、分かる人は足踏みするしかない。
この問題を解決するためです。

そのため平日でも90分×2回 土曜日は3時間×二回の授業を行っています。
この効果は絶大で、中学で゜躓いてしまった人でも、高校文法まで理解できるようになっています。

あと4ヶ月、この調子でがんばりぬいてください。
結果は絶対良いのですからね。
# by seibi-seibi | 2016-10-01 15:36 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

二学期三週目

さてさて、もう三週も過ぎてしまいました。
少し涼しくなってきて、緊張感も増してきたように思います。
毎日黙々と取り組んでいる課題一つ一つを、一生懸命にこなして欲しいものです。
そしてはやいところ、ココを出て、美大に入りましょう。
セイビでは、浪人は埒外です。
やる以上全員合格。それを目指します。
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よくみんなに話していることですが、
ココ(セイビ)は、湾内の小さな入り江。
美大は、湾外の外海。
それくらいの差はあります。
予備校で教えられることは少ないのです。
教えたくても時間も余裕もないのです。
美大では、もっと本来的なこと、もっと面白いことを教えています。
一日も早く予備校から、美大に入ってみてください。
一年もすると言っていたことが、よくわかりますよ。
# by seibi-seibi | 2016-09-21 18:11 | Comments(0)

明日から二学期開始です

なんどか台風が通過して、ようやく落ち着いてきました。
さてあしたから、二学期開始です。
ここから14週間、現役生にとって時間はあまりないですが
とにかく、一つ一つの課題を大切に、がんばっていきましょう。

夏の間の成果はきっと、しばらくしてでてきますよ。
# by seibi-seibi | 2016-09-04 16:22 | Comments(0)

二学期から始めたい方へ

ホームページでもアップしましたが、高1・2年生を対象にした、割引キャンペーンを行います。

対象は現在高1か高2(あるいはそれに順ずる年齢)のひと。
二学期期間中に申込めば、入会金免除のうえ、研究費は三割引
途中からの入学の場合は、終了分は引いての三割引です

新たに始めたい方はこの機会をお見逃しなく。
# by seibi-seibi | 2016-08-31 13:09 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

夏期講習 あと三日

いよいよ夏期講習も追い込みです。
全員落語もなく、最後まで乗り切れそうです。
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「人生で一番描いたのは夏期講習かも」という声も耳にします。
大学に入れば、コンピュータなどで処理してしまうので、
実際に手を使って描くことは少なくなりました。

何より大切なのは、よく見て描くこと、愚直に素直に、ただ、見て描く。
それが、デッサンの出発点ではないのでしょうか。
テクニックがなくても、描いていけば、なんとかなる。
そんな単純なことを、理解できればとおもいます。

アイデアを検討するとき、描いてみるのが一番です。
見えない、もやもやしたものに、形を与えるのに、デッサンは役立ちます。
描いて考える。描きながら想う。
そういう繰り返しを、夏期講習で会得できれば最高です。

数年前、某アニメーション製作会社の会長さんにお会いしたとき、
ジャパニメーションの偉大なる牽引者であった彼に、
アニメーター、動画にはなにが必要なのですか」と質問したところ、

「鉛筆一本で、どこまで描けるかです。
「アニメーターとはそういう仕事。キャラが描けます、というのでは決してなくて
つまらない箱とか机、蛇口なんかを良く見て描ける、そういう日常製品を
鉛筆だけで描けるか、ですね。
結局、鉛筆一本でやる仕事ですからね
そのためにも、一番やって欲しいのはデッサンです」

と仰っていました。
鉛筆があれば、なんでもできる。
そのくらいになるまでがんばって欲しいものです。
# by seibi-seibi | 2016-08-25 15:24 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

デザイナーになるまで マリメッコ編

 以前も紹介しました、セイビ卒業生、島塚絵里さんの、紹介が、ネット上にありましたので
ここでも紹介したいと想います。
 島塚さんは、現在マリメッコのテキスタイルデザイナーとして、活躍されています。
 彼女がセイビに在籍していたのは、十数年前です。
 島塚さんは、デッサンも描けましたし、平面構成もできました。
 ただ、一番できたのは英語。会話も流暢でした。
 セイビ在籍中「日本でもがんばってる、女子高生がいる」という趣旨の、CNNの番組に出演。
 CNNのスタッフとのインタビューもセイビで撮影し、全米配信されました。
 受験も間近になった冬のある日、美大もいいけれど、語学もしたいし、見聞も広めたいと話してきてくれまして、「だったら、一旦美大受験は止めて、勉強したらいい」と助言しました。
 彼女はそれで津田塾を選択し、数ヶ月の受験勉強で合格しました。
 美大受験予備校で津田塾は奇妙ですが、やりたいことが、偶然そこにあったわけです。
 それ以降、英語力を生かして世界を回るうちに、現在のキャリアにたどりついたわけです。
 
 デザイナーになるのにも、いろいろな道があると、セイビでは考えています。
 さまざまな生き方、考え方があるように。
 一人の普通の女子高生が、デザイナーとなるまでの道のりを、
 このブログからも感じ取ってください。
 これはなにも、特別な事例ではありません。
 明日のあなたかもしれないのです。
 島塚さんの紹介はこちら。
 
# by seibi-seibi | 2016-08-23 19:40 | デザインするって? | Comments(0)

夏期講習三週目

夏期講習も峠を越えて、三週目。
さすがに疲労も蓄積し始めいるようです。
ここから、来週まで、つらいけれど、結果を出していきましょう。
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セイビでは、さまざまな専攻、学科が、混在して授業を行っています。
それはつまり、狭いかならなのですが、おかげで異なった専攻・コースの作品も見られるわけです。
プロダクトデザインの隣で映像科が描いていたり、
グラフィックと工芸科が並んで制作していたり。
一見すると混沌としますが、一人ひとりの専攻にあわせ
完全に指導内容を変えています。
そして基本的に全員合格を原則とします。
狭く少人数なので、見落としはしなくてすむわけです。
夏期講習の間は特に交じり合いますが、
それぞれがお互いの違いと、共通点を意識できる、愉しい場です。
さいごまで、一人の漏れなく、元気に行きたいと想います。
# by seibi-seibi | 2016-08-19 20:03 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

夏期講習後半はじまり

本日は夏期講習の後半、一日目。
少し疲れもでてきているし、ここからは、健康維持が大切になります。

あと二週間後には、夏期講習も終わり、二学期となります。
そこまでがんばりましはょう。
# by seibi-seibi | 2016-08-15 19:19 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

今月の一冊 パウル・クレー 「造形思考」

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「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」
「創造についての心情告白」という小論の冒頭において、パウル・クレーはこのように書いています。
 見えるようにすること、とはどういうことなのでしょうか。
 これを言い換えるのなら、ただ、現実をそのままなぞって、再現したとしても、そこに本質的なものは見えず、それを見えるようにするのが、芸術家の役割だ、ということでしょうか。
 今回紹介するのは、パウル・クレーが、バウハウス、ワイマールとデッサウにおいて、マイスターとして生徒たちに教えた記録をあつめた、「造形思考 上 下」です。この著作は長いこと絶版となっていましたが、今年、ちくま学芸文庫に再収録されました。
 この書物の特質すべき点は、一人の画家の絵画に対する考え方が、体系的にまとめめ上げられている点でしょう。ここに集められた文章は、バウハウスでの講義のためにまとめられた、クレーの講義用ノートであり、同時に、クレー自身の思考の軌跡です。じっさいに作品を作り出している、画家自身の手になるこのノートは、ただの理論に終始するのではなく、実践と試行錯誤の末にたどり着いたであろう、抽象についての理論であふれています。その文章の端々から、創造者にしか書き得ない、造形への確信が感じ取れます。
 もともと音楽家であったクレーが、もっとも大切にするキーワードは、「静的と動的」であり、「リズムとポリフォニー」なのは当然なのでしょう。クレーは抽象化にあたって、それが単に数学的、幾何的なものだけに還元されるのではなく、イメージを解き放つ、根源的要素を内在した、自律的な、動き、拡散していく、一種ののパッションを秘めたものとして理解していたようです。
 画家が描いていくとき、それはつねにイメージを生成させ、そのイメージを追いかけ、追い越し、つなぎとめる、そして絵画として定着していく、そういった、イメージの発生と発展の現場に立ち会うことです。イメージはつねに、動き続けます。動かなくなったイメージとは、創造の終焉であり、死です。立ち現れ、広がっていくイメージのなかで、画家は模索し、捜し求めていくのです。その探求の過程において絵画は生まれる。芸術がもつこのような神秘の、もっと根源において作用するのが、イメージの力です。
 抽象的な要素を強く押し出すことにより、パウル・クレーは、いっそうイメージの原野へと、思考を進めていきます。さまざまなイメージが生成し、発生し、変化し続けていく。それは完成した絵画の中でも生成し続け再生産される、ということを、クレーは体系的にまとめ上げていきます。しかし、クレーの文章には、理論だけで終わらない、生き生きとした、イメージへの、ほとんど音楽家のようなまなざしが常にあって、そのことが、この書物の、もっとも魅力的なところかもしれません。
 芸術を志す、イメージを追及していこうとする若い人たちにこそ、一度は手に取っていただきたい、そういう書物です。
# by seibi-seibi | 2016-08-11 16:58 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

「クエイ兄弟 ファントム ミュージアム」展に行く

 昨日は37度超えの「激暑」だったようですが、そんななか、鎌倉近代美術館葉山館で開催されている、「クエイ兄弟 ファントム ミュージアム」展に行ってきました。

 ストップモーションアニメの領域でカルト的な人気を誇る、クエイ兄弟。一卵性双子の兄弟であるかれらは、アメリカに生まれ、1980年代以降、アニメ作品を発表します。イラストやグラフィックデザインの仕事もこなしていたかれらが、アニメーション製作に移行したのは、ロンドンのカレッジ・オブ・アートに移籍し、イギリス映画協会(BFI)の、キース・グリフィスによるバックアップを受け始めてからです。

 1986年、最初のアニメーション作品「ストリート・オブ・クロコダイル」によって、名声を確立したかれらは、以降、数多くのアニメーション作品を作り続けます。最初期は16MM フィルムで、のちに35MMになり、90年代には354MMシネスコに進化します。2000年代からはデジタルに移行し、さらに表現の幅が広がったといっていいでしょう。

 クエイ兄弟の作品は、彼らが紡ぎだす、魔術的で、不合理、幻術的でときにグロテスクな、それはかれら自身にしか、道しるべをつくれないたぐいの、迷宮へといざないます。それを言説化するのはむつかしく、かれらのイマジネーションを理解するには、ただ、作品を見てもらうしかないとおもいます。

 今回の展示では、アニメーションのために成功に作られた、箱庭のような、セットが展示されています。それはまさに、かれらの心の世界のミニチュアであり、その完結した幻想世界、いいかえれば、どこにもない場所の具現化にほかなりません。

 ふたりの心の中にある、イマジネーションを、ひとつの形あるものとして現出させる、イメージにかたちを与える、その過程が、仔細にわたってみわたせる展示となっています。
 一貫してゆるぎない作風。幻想的である以上に、どこか強迫的な世界構築。かれらが敬愛するアルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルの作品を引用するまでもなく、彼らの世界はシュールレアリズムと幸福な結婚をしているのであり、ここではない別の場所、どこにもない場所のありかを、見るものに示してくれています。

 アニメーション製作に興味がある方にとって、この展示は宝の山でしょうし、ただかれらの世界を見続けたいひとにとっては、世界の向こうへといざなう、素敵な展示だといえましょう。


# by seibi-seibi | 2016-08-10 13:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

夏期講習前期終了しました

夏期講習の前半、本日終了しました。
来週のセイビはお休みです。
後半は8/15から開始します。

ついに盛夏の酷暑がやってきたようです。
来週は、前半の疲れを取り、
後半への体力を維持しておいてください。
# by seibi-seibi | 2016-08-06 19:08 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

夏の発見

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現役生がほとんどのセイビ受験科にとって、夏期講習はもっとも大切な時期となります。
一日三時間、夜間のみで実技をこなしてきた現役生にとって、六時間を通しで描くのは、それ自体、新しい経験であるのです。一日中集中して描いていると、見落としていたことや、いままでおろそかにしていた部分などが、あらわになってきます。そういう、普段は見えていないことにも、真っ向ら向き合う機会が、夏期講習では、できるのです。
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 問題点の発見はまた、痛みをともないます。自分の出来ないところと、真摯に向き合う気持ち、気構えができていないと、ど゛うしても目をそらしてしまいます。不得意な部分、問題点が理解できたら、どのようにそれを解消するのか、乗り越えるのか。当然、尻込みせず、果敢に挑んでいく気持ちが必要になります。各自の弱さが露呈してきますし、精神力なくしては、なにごとも成しえない、という厳然たる事実を知ることになります。
 受験で唯一良いところは、自分の弱さを知り、認め、乗り越える精神力を養える点なのではないでしょうか。思っていたよりうまくはできず、自分の卑小さ、弱さに気づくこと。またそれを、等身大の自分として認めていくこと。その上に立ってこそ、はじめて一歩を踏み出せるのだということ。受験はそんな、人生で大切で必要なことを教えてくれる契機ともなるのです。
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 夏期講習も二週間目に入り、もうすぐ折り返しとなります。ここからが、各自試される時期かもしれません。試練を受け止めて、それを耕し、次のステップに進めるよう、あと数週間を乗り越えていきましょう。そのむこうには、あたらしい、少し大きく、強くなった自分が、きっと待っているのですから。
# by seibi-seibi | 2016-08-03 17:48 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

夏期講習二週目

夏期講習も二週目になりました。
一日6時間描き続けるのにも慣れてきたようです。
しかしまだ、時間配分は上手とは言えず、
ぎりぎりになって、気づくようです。

しかし、そういうことを繰り返しながら、分かってくることもあります。
何事も忍耐と時間。
もう一歩進みましょう。
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# by seibi-seibi | 2016-08-02 18:07 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

声ノマ 全身詩人 吉増剛造展にいく

 今週末まで開催されている「声のノマ 全身詩人 吉増剛造展」をみてきました。
国立近代美術館としては、初の、詩人の企画展です。日本の美術館でも、このような展示が行えるようになったことに、驚きと喜びをかんじています。
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 吉増剛造は、現代日本を代表する詩人の一人で、その難解さでも知られています。詩というメディアが、本来、きわめて個人的な作業からはじまって、その思索の道のりも、個人的なものであり、そのような性格から、詩人という創造者は、社会からも人からも一定の距離をとって、佇むような立ち居地にあります。「難解さ」とは、詩人・詩ということばじたいが、社会で用いている、言葉・言語のコードから離れているところからきます。
 しかし、難解という先入観をはずして、詩の創作の現場と向き合えば、そこにはヒューモアであったり、言葉と戯れる快楽すらも感じられるのではないでしょうか。
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 今回の展示は、詩人 吉増剛造のこころの襞の隘路に、見るものを導いてくれる、とても興味深い展示になっていました。吉増剛造が書き記した、日記や、それは、公開を前提としない、個人的な言葉の発露であったり、覚書であったりするのですが、ひとりの、生きている人・詩人・人間の息づかいが伝わってきます。時系列で並べられた日記には、詩人・吉増剛造の反復し、反芻している思考と思索が、表れ、それは、ノートの使い方や、文字の乱れの中にこそ一層、現れてきます。テクストが語るというべきでしょうか。
 また、多重露光を、意識的に利用した写真を撮り続けた吉増剛造の、世界のさまざまな地域、場、を交差させる、写真が展示されています。一見何の脈絡もない(それはつまり見ているわれわれにとってはなのですが)、二つ以上の世界が、一枚の印画紙の上に定着するとき、世界のあやふやさも感じ取れますし、いくつもの現実と、世界を平行し、重ね合わせて、思索し続ける、人間本来の、多層的、多角的な重層思考を、写真からも感じられます。
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 震災以降の作品として結実した「怪物君」の原稿は、そうした詩人・吉増剛造の、詩人意識の現われを見ているようで、強い衝撃を感じさせずにはおきません。テクストは、びっしりとかれた言葉・コラージュされ、書きなおされ、消され、重ねられた文字と、絵によって、一条の長大な巻物のようになっています。時間の軸もその長さには、とうぜん内包されているでしょうし、吉増剛造の思索の時間、そのものが、姿を現してきます。
 声・おと・沈黙。そういった言葉の持つ、起源にまで、思索は遡っていきます。発話すること、それは空気を息で震わせること。無音の中に、音の波をつくりだすこと。ことばは音であり、音にはさまざまな表情が当然あって、そういう音としてのことば、それは詩の誕生する場でもあるのでしょうが、そこにまで遡及して、分解してかんがえていく。詩人・吉増剛造の、日常は、つねに、ことばの向こうにあるなにか、ことば以前のなにか、詩の発生の瞬間の、その一瞬の閃きに立ち会おうとしているように思えます。
 展示はすべて、暗く、照明を落とした空間をいくつかに仕切って、そこをめぐるようになっています。ひとりの詩人の、ことばをつむぐ思索の、その内奥へ、詩人の記憶の内側へと、向かっていく、そんな感じの展示になっています。もう一週間を切ってしまいましたが、時間のある方はぜひ、見てください。
# by seibi-seibi | 2016-08-01 13:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)