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描くということ 1

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最近は昼間の時間を利用して、さまざまな人が描きにいらっしゃいます。一昔前なら浪人生たちがしのぎを削っていたものですが、いまは一般の方が多くなりました。
「わたし、絵はちっともなんですが」
「いまさらなのですけれど、できますか」
入会のとき、みなさん謙虚で控えめなことをおっしゃいます。...
しかし、描いてみると、習った経験があると一目で分かる方も。そして、それがかなりうまい。

高齢者と人は言います。
けれども、みなさん、決して高齢などではなく、むしろ若いくらいです。なによりも精神が若い。描きたいものがたくさんあって、次はこれを描きたいんです、と仰って、旅先の写真を持参する方の瞳の輝きは、女子高生たち現役受験生よりもキラキラとしててます。
みなさん、ちっとも老いてなどいないのです。
精神は老いることはないのです。成熟することはあっても。
描きたいという欲求。それは創造のエネルギーです。
経験と知識に裏打ちされて、創造性はますます、輝いているのがわかります。
なぜ人は描くのか。
どうしてつくりだすのか。
芸術の根源について、皆さんから教わることは多いのです。


by seibi-seibi | 2017-11-21 13:24 | デッサン | Comments(0)

アニメーション作り

AO入試等、多様化する入試形態のせいもあって、最近はいろいろなもの、こと、に挑戦しています。
最近ではアニメーション作りがあります。
アニメーションというと、テレビで放映している商業用アニメを思い浮かべると思います。
生徒の多くも、アニメやゲームに興味がある、という人が多いです。
そこで、アニメーション作りの基礎をやってみました。
アニメといえばセルに描かれたもの(現在ではセルはないのですが)といった印象がありますが、「動き」を与えられたものは、すべて「アニメ」です。素材も何でもよくて、年度によるクレイアニメや、人形アニメもありますし、水彩絵の具や油絵の具で描いたものを動かすことも可能です。応用範囲は無限で、表現方法もさまざまです。
まずは普通に、原画を描いたもの。
この場合は鉛筆で描き、一枚一枚重ねて、動きを確認しながら行ったもの。
まだ作品ではなくて、演習です。
撮影はすべてスキャンで行い、動画ソフトで編集しています。



by seibi-seibi | 2017-11-14 17:52 | 芸大 美大受験 | Comments(0)

怖い絵展に行く

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現在、上野の森美術館で開催されている、怖い絵展に行ってきました。
解説と監修は、ドイツ文学者でもある中野京子さん。「怖い絵」シリーズなどの著作で知られる方です。
人の根源的感情のひとつに、恐怖があります。危険・不安・嫌悪、さまざまな感情を伴っている「恐怖」「怖さ」。それはほんらい、忌避したい負の感情であり、怖い思いなどしたくはないはずです。けれどもそれは同時に、「不安を伴う魅惑」を喚起もします。怖いもの見たさの感情。ホラーやサスペンスに代表されるようなスリリングさは、怖さを愉しむ感覚なのです。
さて、絵画における「怖い」とは、どんなものでしょうか。ミケランジェロの「最後の審判」に代表されるような宗教的恐怖から、中世の「死の舞踏」のような恐怖、ムンクの「叫び」のような、個人的・内面的な恐怖。さまざまな恐怖を思い描けることでしょう。
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今回「怖い絵」の代表として展示されている、ジェーン・グレイの処刑は、その写実的なリアリズムで、見るものを圧倒します。エリザベス一世即位直前、政争に利用され巻き込まれた、若き女性の処刑の様子は、哀れみと悲しみを誘う主題である以上に、その迫真性によって、見るものを恐怖に陥れます。エドワード六世死去をめぐる陰謀と政争、そしてシェーン・グレイの処刑については、英国史にゆずるとして、、絵画に描かれたそれは、まさに処刑されようとしている若い乙女の悲劇を、映画の一コマのように描き出しています。最期まで宗教的信条を曲げず、恐れにも屈せず、平静に諸兄に望んだというジェーン・グレイ。目隠しをされて、断首のために用意された台を探して、手を伸ばし、その手を導かれている女性の悲壮感は、恐怖を感じさせずに入られません。
画家はその演出のため、実際に処刑されたロンドン塔の上の部屋ではなく、地下室のような場を設定しています。純白のドレスもまた、穢れなき女性像を効果的に引き立てていますし、惨劇を予知させるのに十分です。倒れこみ茫然自失としている侍女とともに、これから起こる悲劇を劇的に描き出しています。処刑後、4時間に渡ってそのままにされ、覆われることもなく、晒された、と言いますが、いつの世においても、処刑とはつまり、同様の企てを阻止するために、恐怖を与える効果があったのだろうと想います。

怖さの中に、教訓を込めたり、訓戒を説いたりする絵画作品も多いのですが、やはりそれ以前に、恐怖に対する抗いがたい魅力もまた、底流としてあるのだろうと思います。
「怖さ」は美術史のなかでも常に傍流としてありつづけています。今回の展示は、怖さをめぐる主題の作品を集めた展示です。展示の切り口として面白く、関心を集められる展示になっています。


by seibi-seibi | 2017-11-07 15:36 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)