カテゴリ:人と絵と、イメージ( 31 )

怖い絵展に行く

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現在、上野の森美術館で開催されている、怖い絵展に行ってきました。
解説と監修は、ドイツ文学者でもある中野京子さん。「怖い絵」シリーズなどの著作で知られる方です。
人の根源的感情のひとつに、恐怖があります。危険・不安・嫌悪、さまざまな感情を伴っている「恐怖」「怖さ」。それはほんらい、忌避したい負の感情であり、怖い思いなどしたくはないはずです。けれどもそれは同時に、「不安を伴う魅惑」を喚起もします。怖いもの見たさの感情。ホラーやサスペンスに代表されるようなスリリングさは、怖さを愉しむ感覚なのです。
さて、絵画における「怖い」とは、どんなものでしょうか。ミケランジェロの「最後の審判」に代表されるような宗教的恐怖から、中世の「死の舞踏」のような恐怖、ムンクの「叫び」のような、個人的・内面的な恐怖。さまざまな恐怖を思い描けることでしょう。
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今回「怖い絵」の代表として展示されている、ジェーン・グレイの処刑は、その写実的なリアリズムで、見るものを圧倒します。エリザベス一世即位直前、政争に利用され巻き込まれた、若き女性の処刑の様子は、哀れみと悲しみを誘う主題である以上に、その迫真性によって、見るものを恐怖に陥れます。エドワード六世死去をめぐる陰謀と政争、そしてシェーン・グレイの処刑については、英国史にゆずるとして、、絵画に描かれたそれは、まさに処刑されようとしている若い乙女の悲劇を、映画の一コマのように描き出しています。最期まで宗教的信条を曲げず、恐れにも屈せず、平静に諸兄に望んだというジェーン・グレイ。目隠しをされて、断首のために用意された台を探して、手を伸ばし、その手を導かれている女性の悲壮感は、恐怖を感じさせずに入られません。
画家はその演出のため、実際に処刑されたロンドン塔の上の部屋ではなく、地下室のような場を設定しています。純白のドレスもまた、穢れなき女性像を効果的に引き立てていますし、惨劇を予知させるのに十分です。倒れこみ茫然自失としている侍女とともに、これから起こる悲劇を劇的に描き出しています。処刑後、4時間に渡ってそのままにされ、覆われることもなく、晒された、と言いますが、いつの世においても、処刑とはつまり、同様の企てを阻止するために、恐怖を与える効果があったのだろうと想います。

怖さの中に、教訓を込めたり、訓戒を説いたりする絵画作品も多いのですが、やはりそれ以前に、恐怖に対する抗いがたい魅力もまた、底流としてあるのだろうと思います。
「怖さ」は美術史のなかでも常に傍流としてありつづけています。今回の展示は、怖さをめぐる主題の作品を集めた展示です。展示の切り口として面白く、関心を集められる展示になっています。


by seibi-seibi | 2017-11-07 15:36 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

スラブ叙事詩 ミュシャ展によせて



おそらく、いままでで最大規模のミュシャの展示になろうと思われる「ミュシャ展」が新美術館で開催しています。
今回はこの展示の中心となっている「スラブ叙事詩」について。
「スラブ叙事詩」はミュシャが製作した絵画としては最大の作品群であり、それは同時に、美術史上でも最大級の大きさと威容を誇る作品です。全20点からなるこの作品は、6×8メーターのキャンバスに描かれています。描き始めたのは1915年ころで、仕上がるまで16年を要したといいます。
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「スラブ叙事詩」は、そのなのとおり、スラブの歴史と、そこに登場する英雄、あるいは伝説的人物たちの織り成す、壮大な歴史物語を絵画として表現した作品です。一人の画家が到達しえた、絵画史上もっとも大きな遺産の一つといえましょう。それら一つ一つの主題や、物語の内容については、美術史の言説にゆだねるとして、ここでは、この作品群を眼前にしたときに感じられた事柄について、述べてみたいとおもいます。
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まずその大きさ。これほどの大きなキャンバスをどのようにして調達しえたのか、それがまず、最初に感じた疑問でした。また、各作品は、おそらく後々の保存方法を考えてのことか、周囲に丸い穴が穿たれていて、それに紐を通して、さながら帆船の帆のように張られて張力をもたせているのも、興味深いものでした。
この状態であれば、はずしたのちに、丸めて保管が可能であるはずです。絵画作品、とくに巨大なものは、支持体も含めての保管と運搬が大きな問題となりますが、ミュシャはそこをクリアさせるべく、このような作品に仕上げたのでしょう。
つぎに、この作品が、油絵とテンペラによる混合技法である点も、興味を引きました。テンペラについては、セイビでも実習課題があり、馴染み深いので、その特長について若干の知識があります。
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この「スラブ叙事詩」においては、油彩で薄く下地処理しているようです。油彩は、ローアンバーのような茶系を、薄く敷いてあるようです。作品の性質上、マチェールをつけるような盛り上げはしていません。油彩で盛り上がるように絵の具を用いれば、丸めることはおろか、はずすことすらできないはずだからです。油絵は丸めればヒビが入ってしまいます。そこで、薄く仕上げた下地のうえに、テンペラで描いています。テンペラというのは、メディウムに鶏卵の黄身を用いる、水彩の一種で、透明度とつやを保ちながら、堅牢な表面を形成できる画材です。テンペラは油彩の台頭とともに下火になっていったのですが、それはヨーロッパでのことで、スラブ諸国では近代まで、いや現代においても、ポピュラーな画材の場を占めています。「スラブ叙事詩」を見たとき、最初に感じたのは、その、テンペラ絵の具の色彩、それがスラブ諸国においてしばしば用いられる、テンペラ絵の具に共通した発色だと気づいたからです。数年前にロシアアニメの巨匠「ユーリ・ノルシュティン展」を見たとき、ノルシュテインのスケッチと原画のほとんどが、同様の発色をするテンペラで描かれていたのを思い出しました。ソビエト時代の共産圏では、油彩の流通よりも、テンペラ絵の具のほうが一般的で、多くの画家たちは安価なことも会って、テンペラ絵の具を手にしていました。それはチューブで販売されていて、日本の感覚ではアクリルガッシュのような扱いでした。
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テンペラ絵の具は、細部まで描き起こすのに向いた画材です。面相筆で描き起こしていくときなど、テンペラの優れた伸びが役立ちます。ただしタッチで描き起こしたり、点描を用いたりするので、多くの場合時間がかかります。ミュシャが挑んだ大画面でも、近景のほとんどをタッチで起こしています。それがどれほど気の遠くなるような作業であったのか、想像に難くないのは言うまでもありません。奥行きのある風景をさらに際立たせるため、執拗に描きこまれた部分は、徹底的に一筆一筆、丁寧に描き起こされています。たぶん、何ヶ月も連日取り組んで、ようやく少し仕上がるといった、気の遠くなる作業を、ミュシャは労をいとわず続けていたのでしょう。
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また、その手法の多くが、写真による影響なのか、スチル写真の技法を援用しているように思われます。写真では、ピントの合った部分と、ぼけている部分を、自在に操作できます。一般に被写界深度と呼ばれる、写真技法のひとつですが、「スラブ叙事詩」には、被写界深度を彷彿とされるような、技法があちこちに見られます。
画面で最も近い柱などはピンボケに描かれていて、それより後方の、奥の人物にピントが合っている、といった写真ならではの技法が存分に駆使されているのです。ピントの合っている部分は、さながら、演劇の舞台のように光を受けた人物がいて、劇的さが際立っています。遠景の、風景とどうかしていくような群像と相まって、さながら歴史のひとコマの現場に立ち会っているかのような、演劇性を感じられるのです。
写真や映画といった、20世紀の新しい技法をも貪欲に取り入れながら、古来からの技法もふんだんに用いて描かれた圧倒的画面は、人を魅了して止まないものがあります。みなさまも一度、足をお運びになるとよろしいかとおもいます。

写真撮影 二宮もも氏

by seibi-seibi | 2017-03-11 19:52 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

今月の一冊 パウル・クレー 「造形思考」

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「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることである」
「創造についての心情告白」という小論の冒頭において、パウル・クレーはこのように書いています。
 見えるようにすること、とはどういうことなのでしょうか。
 これを言い換えるのなら、ただ、現実をそのままなぞって、再現したとしても、そこに本質的なものは見えず、それを見えるようにするのが、芸術家の役割だ、ということでしょうか。
 今回紹介するのは、パウル・クレーが、バウハウス、ワイマールとデッサウにおいて、マイスターとして生徒たちに教えた記録をあつめた、「造形思考 上 下」です。この著作は長いこと絶版となっていましたが、今年、ちくま学芸文庫に再収録されました。
 この書物の特質すべき点は、一人の画家の絵画に対する考え方が、体系的にまとめめ上げられている点でしょう。ここに集められた文章は、バウハウスでの講義のためにまとめられた、クレーの講義用ノートであり、同時に、クレー自身の思考の軌跡です。じっさいに作品を作り出している、画家自身の手になるこのノートは、ただの理論に終始するのではなく、実践と試行錯誤の末にたどり着いたであろう、抽象についての理論であふれています。その文章の端々から、創造者にしか書き得ない、造形への確信が感じ取れます。
 もともと音楽家であったクレーが、もっとも大切にするキーワードは、「静的と動的」であり、「リズムとポリフォニー」なのは当然なのでしょう。クレーは抽象化にあたって、それが単に数学的、幾何的なものだけに還元されるのではなく、イメージを解き放つ、根源的要素を内在した、自律的な、動き、拡散していく、一種ののパッションを秘めたものとして理解していたようです。
 画家が描いていくとき、それはつねにイメージを生成させ、そのイメージを追いかけ、追い越し、つなぎとめる、そして絵画として定着していく、そういった、イメージの発生と発展の現場に立ち会うことです。イメージはつねに、動き続けます。動かなくなったイメージとは、創造の終焉であり、死です。立ち現れ、広がっていくイメージのなかで、画家は模索し、捜し求めていくのです。その探求の過程において絵画は生まれる。芸術がもつこのような神秘の、もっと根源において作用するのが、イメージの力です。
 抽象的な要素を強く押し出すことにより、パウル・クレーは、いっそうイメージの原野へと、思考を進めていきます。さまざまなイメージが生成し、発生し、変化し続けていく。それは完成した絵画の中でも生成し続け再生産される、ということを、クレーは体系的にまとめ上げていきます。しかし、クレーの文章には、理論だけで終わらない、生き生きとした、イメージへの、ほとんど音楽家のようなまなざしが常にあって、そのことが、この書物の、もっとも魅力的なところかもしれません。
 芸術を志す、イメージを追及していこうとする若い人たちにこそ、一度は手に取っていただきたい、そういう書物です。
by seibi-seibi | 2016-08-11 16:58 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

「クエイ兄弟 ファントム ミュージアム」展に行く

 昨日は37度超えの「激暑」だったようですが、そんななか、鎌倉近代美術館葉山館で開催されている、「クエイ兄弟 ファントム ミュージアム」展に行ってきました。

 ストップモーションアニメの領域でカルト的な人気を誇る、クエイ兄弟。一卵性双子の兄弟であるかれらは、アメリカに生まれ、1980年代以降、アニメ作品を発表します。イラストやグラフィックデザインの仕事もこなしていたかれらが、アニメーション製作に移行したのは、ロンドンのカレッジ・オブ・アートに移籍し、イギリス映画協会(BFI)の、キース・グリフィスによるバックアップを受け始めてからです。

 1986年、最初のアニメーション作品「ストリート・オブ・クロコダイル」によって、名声を確立したかれらは、以降、数多くのアニメーション作品を作り続けます。最初期は16MM フィルムで、のちに35MMになり、90年代には354MMシネスコに進化します。2000年代からはデジタルに移行し、さらに表現の幅が広がったといっていいでしょう。

 クエイ兄弟の作品は、彼らが紡ぎだす、魔術的で、不合理、幻術的でときにグロテスクな、それはかれら自身にしか、道しるべをつくれないたぐいの、迷宮へといざないます。それを言説化するのはむつかしく、かれらのイマジネーションを理解するには、ただ、作品を見てもらうしかないとおもいます。

 今回の展示では、アニメーションのために成功に作られた、箱庭のような、セットが展示されています。それはまさに、かれらの心の世界のミニチュアであり、その完結した幻想世界、いいかえれば、どこにもない場所の具現化にほかなりません。

 ふたりの心の中にある、イマジネーションを、ひとつの形あるものとして現出させる、イメージにかたちを与える、その過程が、仔細にわたってみわたせる展示となっています。
 一貫してゆるぎない作風。幻想的である以上に、どこか強迫的な世界構築。かれらが敬愛するアルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルの作品を引用するまでもなく、彼らの世界はシュールレアリズムと幸福な結婚をしているのであり、ここではない別の場所、どこにもない場所のありかを、見るものに示してくれています。

 アニメーション製作に興味がある方にとって、この展示は宝の山でしょうし、ただかれらの世界を見続けたいひとにとっては、世界の向こうへといざなう、素敵な展示だといえましょう。


by seibi-seibi | 2016-08-10 13:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

声ノマ 全身詩人 吉増剛造展にいく

 今週末まで開催されている「声のノマ 全身詩人 吉増剛造展」をみてきました。
国立近代美術館としては、初の、詩人の企画展です。日本の美術館でも、このような展示が行えるようになったことに、驚きと喜びをかんじています。
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 吉増剛造は、現代日本を代表する詩人の一人で、その難解さでも知られています。詩というメディアが、本来、きわめて個人的な作業からはじまって、その思索の道のりも、個人的なものであり、そのような性格から、詩人という創造者は、社会からも人からも一定の距離をとって、佇むような立ち居地にあります。「難解さ」とは、詩人・詩ということばじたいが、社会で用いている、言葉・言語のコードから離れているところからきます。
 しかし、難解という先入観をはずして、詩の創作の現場と向き合えば、そこにはヒューモアであったり、言葉と戯れる快楽すらも感じられるのではないでしょうか。
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 今回の展示は、詩人 吉増剛造のこころの襞の隘路に、見るものを導いてくれる、とても興味深い展示になっていました。吉増剛造が書き記した、日記や、それは、公開を前提としない、個人的な言葉の発露であったり、覚書であったりするのですが、ひとりの、生きている人・詩人・人間の息づかいが伝わってきます。時系列で並べられた日記には、詩人・吉増剛造の反復し、反芻している思考と思索が、表れ、それは、ノートの使い方や、文字の乱れの中にこそ一層、現れてきます。テクストが語るというべきでしょうか。
 また、多重露光を、意識的に利用した写真を撮り続けた吉増剛造の、世界のさまざまな地域、場、を交差させる、写真が展示されています。一見何の脈絡もない(それはつまり見ているわれわれにとってはなのですが)、二つ以上の世界が、一枚の印画紙の上に定着するとき、世界のあやふやさも感じ取れますし、いくつもの現実と、世界を平行し、重ね合わせて、思索し続ける、人間本来の、多層的、多角的な重層思考を、写真からも感じられます。
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 震災以降の作品として結実した「怪物君」の原稿は、そうした詩人・吉増剛造の、詩人意識の現われを見ているようで、強い衝撃を感じさせずにはおきません。テクストは、びっしりとかれた言葉・コラージュされ、書きなおされ、消され、重ねられた文字と、絵によって、一条の長大な巻物のようになっています。時間の軸もその長さには、とうぜん内包されているでしょうし、吉増剛造の思索の時間、そのものが、姿を現してきます。
 声・おと・沈黙。そういった言葉の持つ、起源にまで、思索は遡っていきます。発話すること、それは空気を息で震わせること。無音の中に、音の波をつくりだすこと。ことばは音であり、音にはさまざまな表情が当然あって、そういう音としてのことば、それは詩の誕生する場でもあるのでしょうが、そこにまで遡及して、分解してかんがえていく。詩人・吉増剛造の、日常は、つねに、ことばの向こうにあるなにか、ことば以前のなにか、詩の発生の瞬間の、その一瞬の閃きに立ち会おうとしているように思えます。
 展示はすべて、暗く、照明を落とした空間をいくつかに仕切って、そこをめぐるようになっています。ひとりの詩人の、ことばをつむぐ思索の、その内奥へ、詩人の記憶の内側へと、向かっていく、そんな感じの展示になっています。もう一週間を切ってしまいましたが、時間のある方はぜひ、見てください。
by seibi-seibi | 2016-08-01 13:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

マヌエル・アルバレス・ブラボ展に行く

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現在、世田谷美術館で開催しています「マヌエル・アルバレス・ブラボ展」に行ってきました。
今日は35度を超して、今年初の猛暑日。この展示にふさわしい気温でした。
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ブラボといってもなじみが少ないかと思います。1902に生まれ、2002年、100才で死去した、ブラボ、(メキシコ的にいえば、ドン・ブラボ)は、メキシコ革命と、近代化のすべてを見た写真家といえましょう。メキシコではよく知られた写真家の一人です。独裁の時代に生まれ、なくなったのは二十一世紀。写真家としてのキャリアは75年にも及ぶといいます。ブラボの写真は、かれの「作品」としてより、メキシコの土着の風景や人物を写したものとして、さまざまなメディアに紹介されています。メキシコといえば思い起こされるイメージ形成にも一役かった写真家のようにも感じます。
しかし、今回の展示を見ていると、一つの文化と風土に対するイメージを、ブラボが造りだしたのではない、と感じました。ブラボの写真は、メキシコという場に特有な、ある印象と繋がっていると、わたしは感じるからです。
わたしは、むかし、何度かメキシコを訪ねたことがあります。最初は1979年。わたしは高校二年生でした。LAから飛ぶこと4時間あまりで、わたしはメキシコシティに降り立ちました、しかし、「太陽の国メキシコ」は、観光案内の陽気さとはまったく異なった、無口で、人を寄せつけない、どこかよそよそしい表情をみせました。。この印象の内奥にあるものをオクタビオ・パスの「曇り空」「孤独の迷宮」や、ル・クレジオの「メキシコの夢」をのちに読むうちに、すこし理解したのですが、17才のわたしには、違和感だけが募ったのでした。わたしは、この奇妙な疎外感を感じながら、チャプルテペック公園内の「メキシコ国立人類学博物館」をたずね、アステカやマヤの遺物と向き合いました。
わたしは毎日、公園までの街中を歩き、郊外の住宅地にも向かいました。その小旅行で、いちばん印象に残ったのは、壁なのでした。
粗末な外壁。それは南国らしい激しい色で塗装されたものも多かったのですが、土色や、褐色のままの外壁。それがどこまでも続くのです。
ある壁には、庭先から伸びたブーゲンビリアが這い、ピンクの花を咲かせていました。
その壁の前で物売りをするメスチーソの少女。ビニールの上に広げた果物をまえに、壁に寄りかかり客を待っています。表情の少ない顔。そのおおくは、目深に被った帽子で見えません。
あるいは、荷物をいくつも抱えて歩く親と娘。小学生くらいの娘ははだしです。
東京より大きく拡がった近代都市メキシコシティ。車の行き交う様子はアメリカの田舎と変わりません。しかし、その歩道では、はだしの子や、物乞い、ギャングまがいの少年(ニーニョとはとても形容できません)そういう人々が、壁にもたれている。それがメキシコシティの印象でした。
わたしは、壁を背景にした、壁とともにある人々として、メキシコ人を知ったのです。この感覚はずいぶん時を経たいまでも、変わりません。
ブラボの写真でも、壁を背景にした人やものを写した作品が多いようです。人物と背景の壁。その距離も近いので、奥行きはなく、ある種の圧迫感を感じます。朽ち果てて何度も補修した外壁。室内の粗末な、装飾の少ない壁。あるいは墓場の壁。ブラボは、それを画面の構成要素として取り入れています。また、漆喰を塗り重ね、日にさらされてできたマチエールもまた、画面の重要な素材として取り入れていきます。
わたしがそれらの写真を見るとき、それが優れてメキシコ的な風景だと感じるのです。どこまでも続いていた壁と、照りつける陽光。強く歩道を切り抜く翳。メキシコの景色は、すでに構成的で、どこか抽象的なのです。ブラボは、メキシコ人として、アタリマエの日常を、きわめてメキシコ人らしい感覚で、フィルムに収めたのだと思います。
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わたしにはそれらの写真が、チャプルテペック公園近くにスタジオを構えていた、建築家・ルイス・バラガンの、マゼンタ色の外壁をも想像させるのです。バラカンの建築、特に自邸は、住まい内部に意匠を凝らしていますが、概観は贅沢さを感じさせない、素っ気ない、簡素なつくりをしています。ここにも、ブラボが写真に収めた、メキシコの風景が、つらなって感じられるのです。
また、ブラボもポートレートを撮影しているルフィーノ・タマヨの抽象画も、ブラボの写真の中の壁に通じるマチェールを感じてしまうのです。
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展示゜は、8月いっぱいまで。熱い夏にぴったりの、静けさと翳りを堪能できる写真展です。
by seibi-seibi | 2016-07-03 16:04 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

モチーフ台

アトリエというところには、いくつもモチーフ台があります。
石膏台、静物用の台、モデルさん用のモデル台。
ここにあげたのは、セイビで一番古い、モチーフ台兼モノ入れ。
発足当時からあったので、40年の長きにわたり、アトリエの隅に置かれてきました。
これは、モノ入れなので、画材とかを収めるのに活躍し、モチーフも載せられ、
さらにはテーブル代わりにも。
いまではこの台の存在に気づく人は少なくて、活躍の機会も減りました。
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むかし、まだこの台が真新しかったころ、あるあだ名がついていました。
だれかが気まぐれで、そう呼び始めたのでしょう。

それは「ひつじの箱」。
わかりますか。
気づきますか。

童話『星の王子さま』にでてくる、あの箱なのです。
砂漠の真ん中に不時着した飛行士である主人公が、
出逢った王子さまから、
「ねえ、ひつじの絵を描いて」と注文されます。
あまりにも状況にそぐわない注文です。
主人公は紙を探して、不器用に、なん枚か描くのですが、
ちっとも気に入ってくれません。
最後にいくつか穴の開いた、箱の絵を描いて、
「ひつじはこのなかにいるよ」と答えます。
すると王子さまは、気に入ってくれる。
王子さまには、箱の中にいる羊が見えるのです。

おとなになると、みんな、ひつじが見えなくなります。
いつのまにか、つまらない事柄や、名誉やお金に気をとられ、
もっとも大切なこと、が見えなくなるのです。

さてモチーフ台のなかにいる、ひつじが、あなたには見えますか?
そして、いまの私にも見えるのでしょうか。
by seibi-seibi | 2016-06-29 15:22 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

浦沢直樹展で

最近は、「アニメ・ゲーム・マンガ」この三つのメディアが、巷間を席巻し、隆盛を極めています。
そのどれもが、決して、現代に特有な現象ではないことは、浮世絵や双六などのボードケームを想起してみれば一目瞭然でしょう。ゲームもマンガも、人の歴史のなかで、つねに存在してきたのです。そんな普遍的なメディアにおいて、とくにマンガを牽引している、「浦沢直樹展 描いて、描いて、描きまくる」が世田谷文学館にて開催中です。
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『パイナップルARMY』『YAWARA!』『MASTERキートン』『Happy!』『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』『BILLY BAT』
スポーツマンガから、政治背景を題材にしたもの、あるいは、SF的であったりする、浦沢作品は、作品全体の完成度の高さから言っても、現代を代表するマンガであるといえましょう。この展示では、原画とネーム、アイデアノートなど、作家の全体像が垣間見えます。
とくに興味深いのはネームや幼少期の雑記帳の類でした。
とにかく小さいときから、描くのが好きで、何か見たら描いてしまわずにいられない、そういう浦沢少年の横顔が見えてくるようです。戦車や車など、少年が興味を持つモチーフを、ただ一生懸命描き移したスケッチ。鉛筆だけを手に、まわりの世界を描き続けていく、好奇心と探究心。これこそが、描くことのもっとも根底にある衝動となるのだと、展示品は教えてくれます。
マンガ家として、完成した原画の、繊細な絵もまた、人を捕らえて話さない魅力がありますが、その背景には、とにかく見たものは書き留めてしまう、ゆたかな貪欲さが隠されているのでしょう。
「マンガ家は、大変で、べつにオイシイ仕事じゃありませんよ」と、某マンガ家さんに言われたことがありますが、描き続けることは、思いついたことを形にする、とても面倒で地道な作業の積み重ねなのでしょう。
これからマンガ家になりたいと考えている人にも、絵が好きなひとにも、ぜひ見てもらいたい展示なのでした。
by seibi-seibi | 2016-03-19 12:45 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)

扉の向こうに

今週は春の足音も聞こえてきそうな暖かさにめぐまれて、草花も芽吹きはじめているようです。
春はまた、美術展の季節でもあります。
というわけで、少し美術展の紹介などを。

フェルメールとレンブラント:17世紀オランダ黄金時代の巨匠たち展
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レンブラント、フェルメールに代表される、17世紀オランダ絵画の展示です。
肖像画や風景画、そして「日々の生活を切り取ったような」作品。
17世紀といえば、オランダがその支配をアジアにまで伸ばし、VOC オランダ東インド会社を通じて世界の富を集めていた時代です。富が豊かになれば、美術や建築が隆盛してくるのは、世の東西を問わず、当時のオランダでも、裕福な人々が依頼して、風景画などを描かせたというわけです。
その中でもフェルメールに代表される、室内を描いた作品の多くが、今回の展示の目玉でしょうか。
その「室内画」のおおくは、なにかしている人物、そして光の差し込む室内という、かなり定型化された表現がおおいようです。このような絵画じたい、当時の流行であったのでしょう。描かれたのは依頼主かその家族だったのかもしれません。
今回展示されている「室内画」を良く見ていると、類似した表現にであいます。
それは、人物の背景にある、開け放たれた扉です。扉の向こうに見えるのは、隣部屋です。その部屋にはだれもおらず、ただ壁面やら調度品が描かれています。その部屋の扉もまた、多くの作品では開いていて、一つ奥の部屋がみえるのです。
おそらく開き放たれた扉は、絵に奥行きを持たせ、同時に構図に変化を与えるために、画家がかんがえた企みなのだろう、と考えられます。開いた扉のむこうの、一つ奥の空間が見えることで、絵画に奥行きをあたえられ、ともすれば閉塞的になりやすい室内を、開放しているのだとかんがえられます。
しかし、扉の向こうには、誰の気配もないのです。人も人影も描かれていない。それは、リアリズムからすれば甚だ奇妙な静的な空間。それが背景に広がっています。本来あるだろう日常の騒がしい営みや、生活の実際は、どの「室内画」からもかんじられず、むしろ排除されているかのようです。椅子に腰掛け、あるいは書き物をしている人物からも、喧騒よりも落ち着いた、音のない世界を感じさせるのです。
そうかんがえてみると、このような絵画が、必ずしも生活を描写しようとしたのではなく、人物を一つの静物のように捕らえ、再構成した、きわめて作為的な絵画のように見えてくるのです。
扉の向こう、陽が差し込んだ室内も、その静物としての人物を、引き立たせ、時間さえ拭い去ってしまったような、不思議な静けさをつくりだす、空間的、構成的な手立てのようにも感じられるのです。
それはほかの風景画にもいえることで、そこにはリアルな音がないのです。
「無音の静けさ」は、当時のオランダのなにかを反映したものなのか。
さまざまな感慨を抱かせる展示です。
by seibi-seibi | 2016-03-17 15:01 | 人と絵と、イメージ | Comments(1)

卒業生の活躍

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先日、ムサビ映像学科を卒業し、現在はミュージッシャン・アーティストとして活躍している吉田悠さんが遊びに来てくれました。ムサビを卒業から6年が過ぎたとのことです。吉田悠さんについては、以前、かれがバンクーバー国際映画祭短編アニメーション部門に招待出品した折に、書いています。

その後かれは、かって、録音機の花形であったオープンリール(70年代、カセットテープより数倍のレンジを誇った機器)とコンピュータをつなぎ、音楽を創造するバンドOpen Reel Ensembleに参加しています。ムサビ卒業後バンド活動をはじめ、その先進性によりCBS-SONYと契約。活動範囲を海外に展開しました。現在、スペイン・フランス・ドイツ・クロアチアなどヨーロッパツアーを行い、現地で高い支持を得ています。2012年、坂本龍一氏がプロデュースするエイベックス内のグループcommonsからファーストアルバム「Open Reel Ensemble をリリース、このCDには高橋幸宏氏、やくしまるえつこ氏、大野松雄氏も参加しています。またISSEY MIYAKE 2013-14 Autumn / Winter の音楽担当として、パリコレの舞台に立ちました。
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そのかれに、ムサビでのことなどを聞きました。
ムサビ受験前、かれは、クラシックがスキでありピアノを学んできていること。好きなアーティストは、ヨーヨーマであることなどを快活に話してくれました。「ぼくの好きな音楽と、アニメーションや映像をミックスした作品をつくりたい」かれは、映像学科への志望として、明確なビジョンを話してくれました。

ムサビでも、その気持ちは変わらず、アニメを作る傍ら音楽活動を続け、音符をもちいない楽譜である図形楽譜に興味を持ちます。その後、図形楽譜をアニメーションとして展開し、作曲した音楽をつけたアニメーションへと結実していきます。「ムサビでは、いろいろな人に逢えた。そして音楽をしたい仲間もつくれ、とても良い4年間だった」かれは、美大での出逢いのすばらしさを語ってくれました。これから美大受験を目指す人たちにも、刺激になる話しであったかと思います。

by seibi-seibi | 2015-05-19 13:22 | 人と絵と、イメージ | Comments(0)